お仏壇の豆知識。お仏壇の歴史、種類やお手入れ法など |
Home |
|
仏壇とは、信仰する宗旨のご本尊をおまつりするための"箱"です。
広い意味では、礼拝のために設けられた空間すべてが仏壇と呼ぶこともできます。
造作が複雑になっているのは、お寺の中(内陣)をミニチュア化しているからです。
彫刻や文様蒔絵は、経典や高祖のエピソードが表現されています。
決して、職人の技が無意味に誇示されているのではありません。
仏壇の起源を探っていくとインドにたどり着きます。
その昔インドでは、土を積み上げて"壇"を作り、そこを神聖な場所として"神"をおまつりしたそうです。
土ですから"土壇"です。
やがて、風雨をしのぐために土壇の上に屋根が設けられるようになりました。
お寺の原型です。
仏教が伝来したのは飛鳥時代です。
大陸伝来の仏像を厨子の中に入れ、護国平安や疫病の平癒を祈りました。
『日本書紀』に、天武天皇が「諸国の家毎に仏舎をつくりて、即ち仏像および経を置き、礼拝供養せよ」というおふれを出したとあり、これがわが国の仏壇の始まりとされています。
法隆寺にある玉虫厨子が現存する日本最古の仏壇ということになっています。
しかしそれは、私たちが眼にする現在の仏壇とはおよそ似つかぬ形です。
鎌倉仏教の台頭で、仏教は庶民に身近なものとなりました。
室町時代に入り、地方の農村や武士が台頭してきます。
浄土真宗の蓮如上人は、地方の農村を中心に意欲的に布教活動を展開しました。
蓮如上人は門徒たちに対し、日々の勤行が大切であることを説き、家毎に仏壇を置くことを提唱しました。
それは、六字名号(南無阿弥陀仏)の掛軸をさげ、その前に具足(花立、火立、香炉)を並べるという簡単な形式だったようです。
このことが、他の宗派でも家毎に仏壇をおくきっかけになったとされています。
江戸時代になり、それまでの仏像しか入らない厨子型の仏壇や掛軸を下げるだけの仏壇から、中に仏具も並べられる現在のような箱型の仏壇に変化していきます。
1600年代の宗門改め寺請け制度により、今日に繋がる檀家制度が確立し、庶民の間でも僧侶を家に招き年回法要・先祖供養を催すようになりました。
戦乱の時代をへて世の中が落ち着いてきたこと、そして檀家制度の発足により広く庶民の間に仏壇が普及していった訳です。
仏壇の種類 仏壇は、彫刻や壁に金箔が施された金仏壇(塗り仏壇)と素地の美しさを活かした唐木仏壇に大別できます。 大きさは、ノートパソコンほどの小型から両手を開いて余りある大型のものまでと様々です。 仏壇は、寺の内陣と同じく浄土を表わしたものですから、宗旨によってどちらかでなければならないということはありません。
安置場所 仏壇をおく場所に決まりはありません。 仏間がなければ、粗末にならずお参りしやすい場所であればどこでも構いません。 向きを気になさる方もいらっしゃいますが、○○向きが悪いということは一切ありません。 保存上の観点から言えば東から南向きがお薦めです。 この向きであれば、明るくて風通しがよいため仏壇が傷みにくいからです。 ちなみに、わが家の場合は六畳の茶の間においてます。 部屋の南西にテレビ、西北が押入れ、南東にパソコン、そして東北を背に仏壇です。 部屋の中央はコタツ兼用の食卓。 こんな環境ですから埃がすごいのに閉口してますが、目の前にいつも仏壇があることでなんとなく落ち着きます。 仏間のタイプ
生活様式の変化と共に、最近では仏間のない家が増えているようです。 また、和室(畳)のまったくない洋風家屋も増えています。 ここ数年、リビングに違和感なく安置でき、且つインテリアとの調和も考慮された"モダン仏壇"も普及しつつあります。
お手入れ チリや埃は鳥の毛の毛バタキを使って軽く叩いて下さい。 漆塗りの部分は、シリコンクロスや綿布など柔らかい布地を使ってから拭きします。 固い布地を使うと擦り傷がつく恐れがありますので気をつけて下さい。 彫刻や障子の桟など細かい所は習字用の筆が便利です。 一番気ををつけなければならないのは金箔の部分です。 決して、直接手で触れたり、拭いたりしないようにして下さい。 手の痕が残ったり、金箔がはげてしまう恐れがあるからです。 金具もむやみやたらに触れない方がいいでしょう。 |